2026年5月12日
絹のはじまり。野生に、ほとんどいない。飛べない。食べない。
横浜、山下公園のそばにある シルク博物館。
着物の主な素材である「絹」を、その歴史と科学の両面から学べる場所。 着付けの仕事に深く関わるからこそ、いつか訪れてみたかった場所だった。
そこで、この白くか弱い生き物に、目を止めた。
蚕(かいこ)

野生には、存在しない。
蚕は、絹を生み出す唯一の生き物。
ところが、調べてみると、不思議なことに気づく。
野生のカイコは、地球上ではいないに等しい。
蚕(学名 Bombyx mori、家蚕)の祖先は、クワコ(Bombyx mandarina)という、東アジアに生息する別種の蛾だといわれている。 約5,000年前、中国・黄河流域で、人が、このクワコを飼い始めた。 それが、家畜化のはじまり。
家畜化された動物は、世の中にたくさんいる。 牛も、豚も、鶏も。
しかし、その多くは、野生に戻ろうと思えば、戻れる素地を残している。
だが、蚕だけはちがう。 野生に戻る力を、完全に失った、唯一の家畜化動物。
人がいないと、もう、生きていけない。
飛べない。
成虫になった蚕は、蛾になる。
その蛾は、飛べない。 オスもメスも、翅はあるが、飛ばない。 ただ、歩く。

食べない。
そして、成虫の蚕には、食べるための口がない。
正確には、口は退化していて、わずかに残る口の機能は、繭の中から外へ出るために、繭の糸を溶かす酵素を、出すためだけ。
つまり、成虫の蚕は、何も食べない。 何も食べずに、ただ、交尾をし、卵を産み、一週間ほどで、短い一生を終えて死んでしまう。
これは、進化と呼べるのか。
考え込んでしまった。
生き物は、子孫を残すために、それぞれの環境に、適応していく。
チーターは、シマウマを追うために、速く走る。 ヤギは、捕食者から逃れるために、ほぼ垂直の岩場を駆け上がる。 貝は、身を守るために、硬い殻に覆われる。 花は、虫を呼び寄せるために、美しく咲き、香りを放ち、受粉をしてもらう。 そして、美味しい実をつけ、動物に食べられ、糞となって、遠くまで種を運んでもらい、生息する範囲を広げる。
危険を避け、子孫を残すために、環境に適応する。 これが、生き物の、根本的な生存の流れ。
ところが、蚕は——
危険を、避ける必要がない。人が、すべての敵から守ってくれる。 子孫を残す行動は、成虫になった一部の個体だけが、飛ばず、食べずに、ただ交尾と産卵を行うのみ。 環境への適応は、人に世話をさせ、繭を作ったその途端、熱湯に入れられて、糸を取られる。
子孫を残すための、最終的なゴール。 蚕は、それを、絹として人に採取されることに、置き換えてしまったように見える。
ひょっとすると、これは、蚕が、自ら編み出した、ひとつの生存戦略なのかもしれない。
着物の、その向こうに。

着物の生地。 そのもとを、たどっていくと蚕に行きつく。
絹の振袖。 絹の留袖。 絹の訪問着。 絹の打掛。
その、すべてを生み出しているのは、5,000年、人の手によって生かされ続けてきた、飛べず、食べない、小さな蛾。
その事実を知って、はじめて、着物が、ただの装いではないことに、気づかされる。
一枚の着物の、その向こうに、見えなくなってしまった、生き物と人の、長い長い歴史がある。
一反の反物に使われる命は2800匹。着物、帯、帯揚げ、帯締めが全て正絹であれば9000匹にものぼる。 着物を身に纏う時、その尊い命に感謝して、日本の皇室が古くから守り続けている意味と意義を改めて感じ敬う心が深く刻まれる。 日本の多くの方々に3センチ特別な正絹の着物で訪れていただきたい、そんな場所。