2026年8月23日
段取りが、崩れた日。|南越谷の阿波踊り、忘れられない二日間
八月の、南越谷。
毎年この時期になると、私はここの阿波踊り大会で、いくつかの連の着付けを承っている。
今年もまた、朝からの二日間。 ——けれど今年は、忘れられない一日になった。
深夜の、地震
その日、深夜に大きな地震があった。
朝、交通機関は、大幅に乱れていた。 着付け師たちは、今動いている路線を素早く調べて、それぞれ最短のルートで会場へ駆けつける。
問題は、踊り手さんたちの多くが使う路線だった。 武蔵野線が、止まっていた。
電車が動けば、七十人が一度に来る
このままでは、電車が動き出すのと同時に、七十名の踊り手さんが、一気に着付け会場へ流れ込んでくる。
そうなることを、見越しておく。
私は、ほかの現場から急遽、着付け師を呼び寄せた。 そして、あるだけの衣装敷を、床に敷き詰める。
到着した踊り手さんには、空いている衣装敷にご自分の衣装を広げていただき、できるところまでご自分で進めていただくよう、ご案内する。 足のテーピングをして、足袋を履く。半衿に、衿芯を通す。 それだけのことで、着付けの時間が三分縮まる。
これが、現場対応力
急いで駆けつけてくれた着付け師たちは、もう状況を分かっていて、みんな冷静だった。
慌てず、粛々と、着付けを始める。
これが、現場対応力なのだと思う。 どんなに段取りが崩れても、仕上がりの時間だけは、なんとしても死守する。それが、プロの着付け。
何事もなかったように
結果として、遅れは、吸収できた。
舞台の上では、連の皆さんが、何事もなかったかのように堂々と踊っていた。
その姿を袖から見て、ようやく肩の力が抜けた。 朝のあの慌ただしさは、踊り手さんには、たぶん最後まで伝わっていない。 ——それでいい。裏方の慌ただしさは、舞台に出さないのが、私たちの仕事だから。
着せて、終わりではない

今年ご一緒したのは、地元に根ざした大きな連。 その連には、大切な招待のお客様も来ていらした。
会場でふと目に留まったのが、招待客のご家族の着物。 少し、着崩れていた。
頼まれた仕事ではない。 けれど、見かねてしまう。声をかけて、その場で、さっと直させていただく。
たったそれだけのことで、連の方にも、ご家族にも、とても喜んでいただけた。 着付け師は、担当の連員を着せたら終わり、ではない。その日、その会場を、少しでも気持ちよく過ごして帰っていただく。そこまでが、私の仕事だと思っている。
3センチ特別な、二日間
結婚式や成人式のような人生の節目の特別が1メートルだとしたら、 汗をかいて走り回った、あの二日間は——たぶん、3センチくらいの特別。
段取りは崩れた。地震にも見舞われた。 それでも、踊り手さんを無事に送り出し、思いがけないご家族の笑顔にも出会えた。
現場は、いつも同じようには進まない。 だからこそ、崩れた日に立て直せることが、私たちの誇りなのだと、あらためて思う。
またひとつ、忘れられない夏になった。 走り回ってくれた着付け師の仲間たちと、ご縁をいただいた連の皆さまに、心から感謝を。